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夏の匂い

夏本番を前に、梅雨明けが待ち遠しい時期になってきました。今ごろの時期、晴れた日の昼下がりになると、夏の匂いをかぐことができるのに、皆さんはお気づきですか? そう、磯の香り、海の香りをかぐことができるのです。夏らしい匂いだと思いませんか?
日本では、四季折々の色や味を楽しむことができますが、実は匂いも、はっきりかぎ分けられる季節があります。特に夏の匂いは、どなたにでもかぎ分けられると思います。このまちのように海に近いエリアでは、早ければ4月の半ばすぎから、この香りをかぐことができます。東京の銀座でも同じ香りをかぐことができます。
そういえば、熱く火照ったアスファルトの路面に夕立の後に立ち上る水蒸気の匂いにも夏を感じることができますね。その匂いをかぎながら飲む冷えたビールは、まさに至福の一杯というところでしょうか。
子どもたちが小麦色の肌を誇らしげにして駆け回り、蝉の声のシャワーとともに、今年も、うだるような暑さがまたやってきます。

紫陽花

今年も憂鬱な梅雨の季節がやってきました。日本は四季がはっきり区別できる国ですが、気圧配置の関係で、季節の変わり目には雨がよく降ります。梅雨や秋の長雨などがその代表的な例です。なかでも、梅雨は特に有名です。
毎日毎日雨が降り続き、気が滅入ってきますが、自然はそんなときにでも素敵な贈り物を私たちに与えてくれます。その一つが紫陽花の花です。紫陽花の花は、赤っぽい紫だったり、青みがかったり、濃くなったり、薄くなったりと、いろいろと色が変わります。そのせいか、ちょっとかわいそうな気がしますが、花言葉は「移り気」。育つ土壌によって紫陽花の花の色が変わるそうです。酸性の土壌だと青になり、アルカリ性だと赤になるということです。
何にせよ、毎日じとじとした雨が続き、humidな気候のなかで、庭に咲く紫陽花の可憐な花は、一服の清涼剤になるような気がします。
紫陽花の花が終わり、雨蛙の姿が消えるころ、本当に暑い夏がやってきます。

ツバメ

ツバメは、日本では大変ポピュラーな鳥です。春から初夏になると、南の国から渡ってきます。人家の軒下などに巣を作るので、昔から雷や火事から家を守る生きものとして珍重されています。そして、子どもを生み育てることから、おめでたいしるしの鳥として愛されてきました。
また、ツバメは、流麗なその飛び方と速さから、あの巌流島で宮本武蔵と一騎打ちをした佐々木小次郎の秘剣「ツバメ返し」をはじめ、新幹線が運行する前の特急の名前として使われたり、昔からいろいろなところでそのイメージが使われています。
ツバメがやってくる季節は、1年中で最もさわやかな季節の一つなので、良い印象があるのでしょう。また、今でもまちのいたるところで巣が見受けられ、子育てから巣立ちまでを私たちに見せてくれるので、より身近に感じるのかもしれません。
初夏の町並みを美しい弧を描いて飛ぶツバメの姿を追いながら、今年もまた、新緑の季節を迎えます。

入学式

入学式は、誰もが迎える人生最初の節目の儀式です。
卒業で、仲の良かった友と別れ、新しい環境に対する期待と不安の入り交じった複雑な心境で入学式に臨みます。新しい友達ができるだろうか、先生は優しいだろうか、隣に座る子はどんな子だろうか、いろいろな思いが小さな胸を駆けめぐります。だから、桜の花が咲くこのころは、子どもたちが、ほんの少し情緒不安定。
でも、大丈夫。すぐに新しい友達ができるし、先生にも慣れて、隣の子とも仲良くなれます。なぜなら、世の中の大人が、みんな同じ経験をし、同じ気持ちを味わって、成長してきたのですから。

梅にウグイス、そして沈丁花

今年もまた、楽しみな季節がやってきました。朝、心地よいウグイスのさえずりで目が覚めます。庭の梅の木に花が咲く頃、毎年ウグイスがやってきて「ホ〜ホケキョ」と鳴き始めます。注意して見ないとウグイスの姿を見ることはできませんが、鳴き声は特徴があるのですぐわかります。
意外に市内には梅の木がたくさんあるので、その梅の花の蜜を求めて、木から木へ鳴き渡ってきます。ウグイスは、梅の木に止まっては「ホ〜ホケキョ」と鳴く練習をします。最初はうまく鳴けないのですが、1週間ほどたつとうまく鳴けるようになります。
うまく鳴けるようになったウグイスが、やがて伴侶を求めて山に帰る頃、まちは沈丁花の花の匂いで一杯になります。今年も、春がやってきます。

牡蛎

「“R”の付く月に食べろ」と言われている牡蛎ですが、冬の季節の今は、まさに食べ頃です。この時期、寒さで冷やされた海水中に、牡蛎の餌となるプランクトンが大量に発生します。そのため、それらをたっぷりと吸収した牡蛎は、栄養が一番充実している時で、身も太り、おいしく食べることができるのです。
牡蛎は生育する環境によって育ち方が変わるので、産地によっては一年中食べられるものもあるそうです。中には、夏が旬の「夏牡蛎」と呼ばれるものもあります。秋田県から石川県にかけて、主に日本海側の産地で採れる牡蛎に多いそうです。冬の『真牡蛎(まがき)』に対して、夏の『岩牡蛎(いわがき)』と言われています。
牡蛎は、日本ばかりではなく、世界中で食べられているポピュラーな貝の一つです。牡蛎を最も多く食べる国の一つはフランスです。サッカーのフランス代表チームの選手も、牡蛎をよく食べていて、前回のワールドカップで優勝できたのは、牡蛎のおかげだという人もいるくらいです。

暦(こよみ)

あけましておめでとうございます。新年を迎えると、季節はまだ冬の最中ですが、新春といいます。これは、日本が明治時代の初めまで太陰太陽暦(一般に旧暦といわれています。)を使用していた名残です。旧暦では、春を1〜3月、夏を4〜6月、秋を7〜9月、冬を10〜12月としています。
日本は、1873年(明治6年)1月1日にそれまで使っていた旧暦から太陽暦(グレゴリオ暦)に改暦しました。旧暦では、月の満ち欠けを暦の基本としていたため、1年がおよそ354日となり、実際の1年より11日ほど短くなってしまいます。このため、約3年に1度、「閏月」を作り、1年が13ヶ月となる「閏年」を設け、調整をしていました。
しかし、閏年の前と後では、同じ月日でも30日近く季節が異なってしまい、暦を基にして農業などを行うのに不都合が出てしまいます。そのため、暦の中に季節を表す二十四節気を記し、これを防ごうとしました。
二十四節気は、太陽が1年で1回りする道筋(黄道)を24等分し、太陽がこの点を通過する日時によって、立春、啓蟄、春分、夏至、秋分、冬至など24の季節の節目を決めています。このように、旧暦では、暦と二十四節気を併用し、暦と季節とのズレを補正していました。二十四節気は、的確に季節の節目を捉えています。何とも不思議なシステムですね。

木枯らしが吹いて寒さが身に凍みてくると、「今夜は鍋にしない。」あるいは、「今晩あたりは、鍋で一杯。」などと言う声をそこかしこで聞くことができます。勿論、ものの嗜好は、人それぞれですが、日本人は、概して鍋が好きな民族です。
特に、サラリーマンのお父さんたちには、会社の帰りに、同僚と鍋を囲んで一杯、鍋の湯気越しに杯を酌み交わすことで、日頃のストレスを解消し、職場のコミュニケーションを図るということに、効用があるようです?
鍋料理は、日本だけのものではなく、お隣の韓国にも“チゲ”がありますし、ロシアの“ボルシチ”やスイスの“フォンデュー”、お馴染みのポトフやシチューも、鍋料理といえるでしょう。
日本の鍋料理は、一つの鍋を何人かで囲み、それをてんでんに取り分けて食べるところに特徴があります。鍋を何人かでつつくということに、少し、抵抗があるかもしれませんが、鍋は、できるだけ多くの人数で大きな鍋を囲んだ方がおいしいものです。たくさんの材料を入れることで、いろいろな出汁がスープに溶け出し、旨味がぐんと増すからです。
これからのシーズン、巷では、鍋を囲んで和気藹々というグループが、あちこちで見受けられるようになると思います。いやな年を忘れる意味で鍋を囲んで忘年会をやってみてはいかがでしょう。

小春日和

このところ、めっきり秋めいてきました。秋は、食べ物の種類も豊富で美味しくなり、気温もいろいろな活動をするのに適したものになるので、日本では、「食欲の秋」、「スポーツの秋」、「読書の秋」などと言い、秋を珍重する習慣があります。
町の色も秋色に染まり出します。街路樹も黄色や赤に色付き、季節の風が吹き出します。春の桜並木は華やかで美しいものですが、秋の銀杏並木はシックでエレガントで、また捨てがたい風情があります。
気温は、冬に向かって下降していきますが、時々、おやっと思うほど暖かい日が続くときがあります。子どものころ、こういうときに縁側で日向ぼっこをしながら、祖母に昔話をしてもらったことを思い出します。いわゆる「インディアン・サマー」という現象ですが、日本では「小春日和」と呼びます。
厳しい夏の暑さから解放され、過ごしやすくなった秋は、厳しい冬の寒さを向かえるための、束の間の骨休めの季節でもあるようです。

稲刈り

黄金色の稲が、頭を垂れ、今年も実りの秋を迎えました。
田園地帯に出向いてみれば、豊かに実った稲の穂が風になびき、辺り一面が金色の波のように見えます。秋は、収穫の季節です。稲刈りの風景もそこかしこで見受けられるようになります。
かつて、この地にも、野良がありました。そこには、蓮田や水田があり、秋には、黄金色の稲穂を見ることができました。今では、想像もできない風景が、ここにもあったのです。
それは、市役所庁舎や文化会館をはじめ、読者の住んでいる場所の多くが、まだ海の中にあった時代です。
といっても、考古学の世界の話ではなく、歴史的に見ればつい最近、高々30年ほど前のことです。そのころ、ここは、人口も2万人程度の半農半漁の町でした。春に水田に稲を植え、秋に収穫し、冬は、海で海苔を採取し、野良にそれを天日干しにしていました。そんな、かつてのまちの写真作品の展覧会を行います。
この機会に、今とは全く別のまちにタイムスリップしてみませんか。
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