PEG-UX50で作るblog

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Times and Seasons

Advanced/W-ZERO3[es]アップデート5

8月31日に、一度ウィルコムから発表され、不具合が出たために、その後提供が中止されていたAdvanced/W-ZERO3[es]のアップデータ。
今日になって、その提供が再開されました。
バージョンナンバーは、不具合が出ていたナンバーの1.01aから1.02aにバージョンアップ。1.01aの不具合を修正するという項目も加えられています。
バージョンアップ内容は、無線LANアクセスポイントとの接続の改善や赤外線通信処理の改善と、Operaのバージョンアップなどです。
早速、今夜バージョンアップしてみました。詳細は、こちらをご覧ください。
バージョンアップの感触は、まだ一寸わかりませんが、少なくとも、今のところ、不具合は起きていません。(^^ゞ
それと、今日は、マイミクのpalm介さんに教えてもらったAdvanced/W-ZERO3[es]のW+Infoの更新で無限に生成されてしまうフォルダを削除してみました。
W+Infoの動きが早くなりました。palm介さん、ご教示ありがとうございます。
どういうことかということを少し書きますと、Advanced/W-ZERO3[es]で僕は、W+Infoを活用して、天気予報や占い、ニュースなどを閲覧しています。Advanced/W-ZERO3[es]を買って、使いだしてから、ずっと使い続けてきたのですが、初めの頃と比べて、記事の移動が明らかに遅くなったのを感じ始めていた頃に、palm介さんにAdvanced/W-ZERO3[es]でW+Infoを使っていくと、勝手に「\Application Data\FeedBase\_TempFiles」というフォルダの中に、多くのフォルダを生成することを教えてもらいました。
で、このフォルダ内のすべてのフォルダを今日、削除してみました。すると、W+Infoの記事の移動が見違えるように、早くなりました。これがわかれば、これからは定期的に生成されるフォルダを削除しなければなりませんね。ふ〜む。結構難儀かもしれません。

Bフレッツにようやくつながる5

今まで、CATVのケーブルモデム経由でインターネットに繋いでいたのですが、今回、フレッツ光に加入。光でインターネットにつながることになりました。
ところが、繋がるまでに一苦労。9日に工事が行われたのですが、繋がったのは、今日の夜。何と2日間もあ〜でもない、こ〜でもないという状態が続きました。今日の夕方、ようやくNTTのサポートに電話が繋がり、AirMacベースステーションの設定の仕方がわかりました。
それから、AirMacベースステーションからパソコンに繋ぐ設定をして、ようやく繋がりました。AirMacベースステーションからインターネットに繋ぐ方法はPPP0eで接続し、AirMacベースステーションからMacやPCに繋ぐには、DHCPを共有にする設定で繋ぐことができるようになりました。
いや、これは速い。

薫風5

風薫る5月と言われるように、5月になって、初夏を向かえ、若葉の香りを湛え吹いて来る爽やかな南風のことを“薫風”と言います。5月は、1年中で一番爽やかな季節です。湿度が比較的低く、木陰に入れば、汗もサッと引きます。まるで、高原にいるかのようです。道行く人も活気に溢れ、躍動感のある歩き方に見えます。
日本の季節には、匂いがあると、以前このコラムで書いたことがありますが、初夏のこの頃は、まさにその典型と言えるでしょう。最近では、地球温暖化の影響か、初夏とはいえ、まるで盛夏を思わせるような暑さを感じるときもあり、ほんの少しの間しか薫風は吹き渡らないのですが、そうであるが故に貴重な季節の便りともいるのではないでしょうか。
あと、一月もすると、長い梅雨に入ってしまいます。この貴重なひと時を大切に味わっておきたいですね。もう初鰹も出回り、蚕豆も美味しい季節になります。季節の香りを楽しみながら、仕事終わりに爽やかなビールでも開けて、乾杯といきますか。

この、“Time and Seasons”のエントリーは、僕が執筆していたある英字広報の歳時記のコラム記事を転載していたものですが、この4月に僕が人事異動で、執筆役を交代したので、今回のエントリーをもって、このカテゴリーは、終了することになりました。
思えば、足掛け6年間にわたり、執筆していたことになり、僕自身も感慨深いカテゴリーでしたが、まぁ、僕のblogのエントリーの中では、少し趣が違ったものだったので、反応はどうかなと思っていたんですが、意外にコメントなどももらってまして、凄く嬉しかったです。
今回の薫風というエントリーのとおり、巷では、5月の風が吹き渡る季節になりましたね。
このカテゴリーは終了しますが、今後も、blog自体は書き続けたいと思っていますので、よろしくお願いします。

恐竜の日5

4月17日は、恐竜の日。これは、アメリカの動物学者ロイ・チャップマン・アンドルーズが1923年(大正12年)の4月17日にゴビ砂漠へ向けて北京を出発した日に因んで制定されたということです。
アンドルーズ氏は、ゴビ砂漠でその後5年間で恐竜の卵の化石を25個も発見しました。このことがあって、学者の間で本格的な恐竜の研究がスタートしたと言われています。
恐竜というと、今では、映画にもなったジュラシックパークを思い出します。映画では、琥珀の中に封じ込められた蚊の吸った恐竜のDNA分析から、絶滅した恐竜を現代に蘇らせるというものでした。映画の中のように絶滅した恐竜を蘇らせるといったところまで研究はまだ及んでいませんが、以前の最初の頃の恐竜のイメージとは大分違った動物だということが研究の中でわかってきているようです。
私が子どもの頃の恐竜は、爬虫類ということから冷血動物で、体が大きいことからかなり反応や動きが鈍いというイメージでしたが、今では、恐竜温血説まで出てきており、行動パターンも群れで狩をするなど、かなり高等な知能を持っていた可能性も指摘されています。
現代の動物でいうと、爬虫類というよりもむしろ、鳥類に近い行動パターンを持っていたのではないかということを言及されている方もいらっしゃいます。
遺伝子やクローンの研究などが進み、ひょっとしたら将来、映画のように絶滅した恐竜を蘇らせるといった研究が進むかもしれません。まぁ、そこまでいかなくとも、この機会に恐竜が闊歩していた頃の地球に、思いを馳せてみるのも良いかもしれません。

レコード針5

3月9日は、レコード針の日だそうです。現在では、ほとんど一般には聞くことがなくなってしまったアナログレコード。皆さんの家にはアナログレコードがまだあるでしょうか。
CDが普及し、音楽鑑賞もデジタルオーディオの流れが主流になりました。今では、iPodに代表されるいつでも何処でも気軽に音楽を楽しめる装置が人気で、通勤通学のときに音楽を聴く風景も当たり前になってきています。
凡そ30年ほど前までは、アナログレコードが全盛で、音楽を持ち運んで聞くのは、ウォークマンに代表されるカセットテープでした。その時代からすると、今では、音楽も全てパソコンで管理する時代。デジタルサウンドは、アナログ時代に比べて保存も場所をとらないという利点もあり、まさに現代向きなんですが、アナログレコードの持つ何とも言えない温かい響きは、心を豊かにしてくれる気がします。
勿論、数値的なスペックで言えば、デジタルサウンドの方が遙かに忠実な原音再現能力があるのですが、アナログの独特の『こく』のある音、特に、真空管のアンプで、アナログレコードから流れる音楽は、何となく郷愁を感じさせる心地よい響きがします。
音楽は、何処でも聴ける時代になりましたが、じっくりと腰を落ち着けて、ゆったりとした時間の中で音楽を聴くことも素晴らしいことではないでしょうか。片手にお酒を持って、ゆったりと音楽に耳を傾けてみる時間を作ってみるのもいいことかもしれません。

海苔5

2月6日は、海苔の日です。これは、702(大宝元)年1月1日(新暦の2月6日)に大宝律令が施行され、海苔が産地諸国の名産として年貢に指定されたことに因み、全国海苔貝類漁業協同組合連合会が、1966(昭和41)年に記念日として制定し、翌年から実施しているものだそうです。
浦安が漁業の町として栄えていた頃、海苔の養殖を生活の糧にしていた方が沢山いました。まだ、浦安が海面埋め立て事業を行う前、元町地区しかない頃のお話です。浦安は、旧江戸川の河口に位置し、海水と真水が交じり合う場所であったため、海苔の養殖には、打って付けの場所でした。そのため、秋から春先にかけての海苔の最盛期には、家族総出で海苔の製造に携わりました。お父さんやお祖父さんが船で海苔を摘みに行き、帰ってくると、家族で抄いて、海苔干し場や乾燥場で干し、海苔を製品にしました。今では、この工程は、すべて機械で全自動で行うようですが、かつての浦安の海苔製造は、すべて手作り、天日で干した海苔には、お日様の匂いが宿り、何とも言えない香りがしたものです。
海苔というと、外国の方は、意外に苦手な方もいらっしゃるようですが、おにぎりやお寿司には、欠かすことのできない食材の一つです。また、海苔は「海の野菜」といわれるように、ビタミン、ミネラル、食物繊維、鉄分、カルシウムなどさまざまな栄養素をたっぷり含む健康食品。しかも、ローカロリーなので、ダイエットにも強い味方です。
この時期旬を迎える海苔。2月3日の節分の日には、「恵方巻き」という海苔巻きを食べると、その年幸運に恵まれるということです。今年の幸運を海苔に託してみませんか。

七草粥3

「セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ、これぞ(春の)七草」。正月7日にこれらの七草を入れた七草粥を食べる習慣があります。
地方によって様々ですが、日本では、お正月にご馳走を食べる風習が今でも色濃く残っています。お正月になると、都会で暮らしている人たちも生まれ育った田舎に帰り、父母の住む家に集まって、お雑煮をはじめ、御節料理に舌鼓を打ちます。田舎に帰らない人も、都会の家で、同じようにご馳走を食べることが多いのです。
当然、大人は、食べ物と一緒にお酒を飲みますし、中には、1年に1度家族全員が集まるということから、夜通し飲み続けるという人たちもいます。
その正月のご馳走で疲れた胃を労わり、緑が少ない冬の栄養源、そしてビタミンを補給するという意味で、七草粥を食べるわけです。香りとピリッと辛いアクセントが効いた七草が入っていることで、食欲の無いときにも、比較的食べやすい味になっています。
沢山食べたり飲んで、食傷気味の体を復活させるための知恵も併せて残してくれた先人たちのお陰で、今年のお正月も各地でご馳走を囲む姿が見られるでしょう。

年越し蕎麦3

日本では、師走(12月)も押し迫った大晦日(31日)に縁起を担いで、蕎麦を食べます。これが年越し蕎麦です。
この風習は、今でも、全国的に見られる風習です。元々、江戸時代中期には毎月の月末に蕎麦を食べる「三十日(晦日)そば」という習慣があったのですが、これが、12月の末日の大晦日だけに、その習慣が残ったものだと考えられているんだそうです。
この年越し蕎麦の由来をインターネット(ウィキペディア(Wikipedia)で一寸調べてみました。色々と諸説があるのですが、代表的なものとしては、金箔職人が飛び散った金箔を練ったそば粉の固まりに付けて集めていたため、年越しそばを残すと翌年は金運に恵まれないという言い伝えから、その年のうちに蕎麦を食べきる習慣ができたという説。また、「細く長く達者に暮らせることを願って」蕎麦を食べるという説。蕎麦は切れやすいから、一年の嫌なことをを切り捨てて、翌年に持ち越さないよう願ったという説。色々です。
また、うどんで有名な讃岐では、蕎麦ではなくて、年越しうどんを食べるそうです。
今年1年を無事終え、新しい年が素晴らしい年になるように、どうですか皆さんも、大晦日に、天麩羅蕎麦で日本酒を一杯。新しい年に願掛けをしてみては。

インターネット3

11月21日は、「インターネット記念日」です。1969(昭和44)年、インターネットの元型であるARPAネットの公開実験が、アメリカの大学などで開始されたことに因んで制定されたものです。
離れた場所にあるコンピュータを電話回線やLAN回線で結んで、色々な情報のやり取りをすることができるインターネットは、現在では、私たちの生活に無くてはならないメディアの一つになっています。インターネットがほかのメディアと違う特徴の一つとして、情報の双方向性が上げられます。テレビ・ラジオ、新聞・雑誌などの既存メディアは、発信元から私たちへの単一方向の情報伝達が主なものですが、インターネットは、情報を得るとともに、自分のホームページやblogあるいはSNSなどで、自分の持っている情報を簡単にしかも瞬時に世界中に公開することができます。この双方向の情報伝達のつながりを通して、新しいコミュニケーションが生まれてもいます。
インターネットショッピングやオークションも気軽に行えるようになりました。また、ネットバンキングなども盛んに行われています。
現在は、回線のブロードバンド化に伴い、音声や動画ファイルなどの容量の大きなファイルのやり取りも比較的簡単に行えるようになりましたが、ほんの10年ほど前は、通信に非常に時間がかかり、パソコンのディスプレイの前でやきもきしたものです。そんな経験も懐かしく思えるほど、インターネットの世界は急速に変化して行きます。
この恐ろしく早く進歩し、私たちの夢をかなえてくれるメディアをときどき、立ち止まって考えてみるのも必要なことかもしれません。

インターネット5

11月21日は、「インターネット記念日」です。1969(昭和44)年、インターネットの元型であるARPAネットの公開実験が、アメリカの大学などで開始されたことに因んで制定されたものです。
離れた場所にあるコンピュータを電話回線やLAN回線で結んで、色々な情報のやり取りをすることができるインターネットは、現在では、私たちの生活に無くてはならないメディアの一つになっています。
インターネットがほかのメディアと違う特徴の一つとして、情報の双方向性が上げられます。テレビ・ラジオ、新聞・雑誌などの既存メディアは、発信元から私たちへの単一方向の情報伝達が主なものですが、インターネットは、情報を得るとともに、自分のホームページやblogあるいはSNSなどで、自分の持っている情報を簡単にしかも瞬時に世界中に公開することができます。この双方向の情報伝達のつながりを通して、新しいコミュニケーションが生まれてもいます。
インターネットショッピングやオークションも気軽に行えるようになりました。
また、ネットバンキングなども盛んに行われています。
現在は、回線のブロードバンド化に伴い、音声や動画ファイルなどの容量の大きいファイルのやり取りも比較的簡単に行えるようになりましたが、ほんの10年ほど前は、通信に非常に時間がかかり、パソコンのディスプレイの前でやきもきしたものです。そんな経験も懐かしく思えるほど、インターネットの世界は急速に変化して行きます。
この恐ろしく早く進歩し、私たちの夢をかなえてくれるメディアをときどき、立ち止まって考えてみるのも必要なことかもしれません。

サツマイモ5

今月13日は、サツマイモの日です。
サツマイモのことを「栗(九里)より(四里)うまい十三里(9+4=13)」と言います。これは、江戸から十三里(約52キロメートル)離れたところにある川越のサツマイモが美味いと評判をとったことから生まれた言葉だそうです。それに因んで、川越いも友の会がサツマイモの旬の10月13日をサツマイモの日に制定したのだそうです。
小さい頃、秋が深まってくるとともに、「石焼〜き芋。栗より美味い十三里」などと、口上しながら、石焼芋屋さんが街中を巡回していたのを思い出します。最近は、あまり見かけなくなりましたが、スーパーの店先などで石焼芋を売っているところもありますね。熱々を二つに割ると、ホクホクの黄金色の肉質が出てきます。ねっとりと甘くて美味しいですよね。
最近は、健康志向が手伝ってか、ポリフェノールを多く含んだムラサキ芋が人気があるようです。
そのほか、サツマイモは、天麩羅にしても美味しいですよね。いよいよ秋が本格的になって来ました。サツマイモの甘さを味会うのにも良い季節ですね。

万年筆とワープロ5

皆さんは、万年筆を使いますか?
万年筆は、筆圧の低い人でもスラスラと文字を書くことができ、使う人の書き癖にペン先が馴染んできて、段々使う人の好みの書き心地になってくることから、その書き味の妙味で、虜になっている人も多いと聞きます。
その歴史を紐解いてみると、1809年9月23日に、イギリスのフレデリック・バーソロミュー・フォルシュが金属製の軸内にインクを貯蔵できる筆記具を考案し、特許をとったことが起源のようです。そこで、9月23日は、万年筆の日に制定されています。
最近は、パソコンやワードプロセッサ全盛時代、キーボードに慣れた日本人が、漢字を忘れてしまうという現象も起きています。そういえば、今月の26日は、1978(昭和53)年、に東芝が世界初の日本語ワードプロセッサを発売したことに因んで、「ワープロの日」なんだそうです。新旧取り混ぜた物を書くことについての記念日が続く今月。
気温は、まだ高く暑い日もありますが、季節は、秋の気配を徐々に孕んで来ています。時には、キーボードに置く手を万年筆に持ち替えて、秋の風情を感じながら、詩作に耽る、風流人を気取るというのはどうでしょう。

野球5

暑い8月を迎え、いよいよ、プロ野球のペナントレースも佳境を迎えました。今月は、全国高校野球選手権大会が甲子園球場で行われることもあり、野球ファンには、嬉しい季節です。
今年は、WBCが3月に開催され、見事に日本が初代世界王者になりました。ここのところ、プロ野球のチームの買収問題や労使交渉、また、サッカー人気に押されて、元気がなかった野球界ですが、このこともあって、今年の日本の野球熱は、俄然勢いを盛り返した感があります。
さて、8月9日は、野球の日だそうです。スポーツメーカーが決めた日だそうですが、8(や)9(きゅう)に引っ掛けた語呂合わせと、高校野球が行われる季節なので、そう決めたそうです。また、1948(昭和23)年、8月17日に、横浜ゲーリッグ球場で日本初のナイターとして、巨人対中部(現在の中日)戦が行われました。なので、この17日は、プロ野球ナイター記念日。やはり、今月は、野球に関する記念日が多くなっています。
これから、熱い戦いが連日繰り広げられますね。どうですか、たまにはご贔屓のチームの応援に球場に出かけられてみるというのは。熱い戦いに、冷たいビール片手の応援というのもまた乙なものです。

怪談5

7月に入り、梅雨が明けると、いよいよ夏本番です。
省エネと、地球温暖化防止のために、其処彼処で“クール・ビズ”を取り入れているオフィスも多いのですが、こういった暑さ対策は同でしょう。
今月26日は、「幽霊の日」。これは、1825(文政8)年に、江戸の中村座という芝居小屋で「東海道四谷怪談」が初演されたことに因んで作られた記念日です。東海道四谷怪談(通称「四谷怪談」)は、江戸歌舞伎作家の第一人者、四代目鶴屋南北の作品で、浪人民谷伊右衛門に毒殺された妻お岩の復讐の物語です。
この、四谷怪談の初演は、当時としては画期的な宣伝で注目を集め、舞台効果も観客の度肝を抜く演出が随所に散りばめられていたことで、非常に人気を博したようです。現在では、歌舞伎ばかりではなく、特殊メーキャップやSFXを駆使した映画やTVドラマとしても数多く作られています。
暑い夏の一夜、実も凍るような怖〜い会談を見て、クールになってみるのもいいかもしれません。
因みに、伊右衛門・お岩夫妻は実在の人物で、会談の話しとは違って大変仲の良い夫婦だったそうです。現在、東京四ツ谷に残る於岩稲荷には、このお岩さんが祀られていて、舞台上演する前や、映画・TVドラマを撮影する前には、スタッフや出演者は必ずお参りするそうです。そうでないと、怪我をしたり、病気になったり。お岩さんの祟りもまた、実在するようです。

ワールドカップ5

世界の6つの地区、凡そ200カ国の間で予選が行われ、本大会に出場を決めた32カ国で文字通り世界一を決めるサッカーワールドカップ大会がドイツで、9日から開幕されます。嬉しいことに、日本は、開催国のドイツに次いで世界で最も早く本大会の出場を決めました。
日本は、これで、3大会連続で本大会出場を決めたわけですが、日本サッカーの水準がワールドカップ出場レベルにまで向上するのには、かなりの年月が費やされました。過去には、エースストライカー釜本邦茂などの活躍で、メキシコオリンピックで3位入賞を果たすなど、栄光に輝いたときもありましたが、ワールドカップ本大会出場には、なお年月が必要でした。
そんな日本のサッカーの水準は、1993年に、Jリーグが開幕し、プロサッカー選手を目指す多くの優秀な若い選手が輩出されるようになって、飛躍的に高くなりました。
今では、中田英寿や中村俊輔をはじめ、遠く海外のリーグで活躍する日本人選手も沢山います。
サッカーのワールドカップ大会となれば、日本ばかりではなく、本戦出場国の人々も、それぞれの国の選手たちの活躍に期待し、胸躍らせることでしょう。日本でも、大変な盛り上がりを見せることになると思います。
果たして、どの国に勝利の女神が微笑むか、また、眠れない夜が続きそうです。

黄金週間5

今年は、4月29日の「みどりの日」から始まったゴールデンウィーク。5月7日までの9連休という方もいらっしゃるでしょう。後半の5月3日からでも、5連休になるので、楽しみにしていた人も大勢いるはずです。
思い切って、家族で海外旅行に出かけたり、友達同士で温泉にゆっくり浸かりに行くという方も多いでしょう。普段忙しく働いている方も、全国的な休日なので、同僚に気兼ねなく休めるというのはいいものです。
しかし、多くの人が一遍に出かけるので、空港やターミナル駅は人でごった返し、道路は大渋滞、電車は鮨詰め、そんなことを考えると、出かけるのも勇気が要りますね。勿論、この期間が書入れ時なので、休みとは無縁という方もいらっしゃいます。
ここは、じっくり普段読めない本を読んだり、美味しいものを食べたりと、地元でゆっくり寛ぐのも良い方法かもしれません。
日照時間が大分長くなってきました。そよぐ風も清々しく、1年で最も過ごしやすい時期の一つです。ほんのちょっとした時間でもいいですから、散歩で市内を回るというのは、どうでしょう。普段めったに行かない場所に、足を延ばしてみるのもゴールデンウィークの過ごし方としては悪くはないかもしれません。

ガッツポーズの日5

1974(昭和49)年の4月11日に行われたボクシングのWBCライト級タイトルマッチで、ガッツ石松さんが、チャンピオンにKO勝ちし、タイトルを手中にしました。試合が終わり、ガッツさんの両拳を高々と挙げ、その勝利の喜びを体中で表わした姿を、新聞記者が「ガッツポーズ」と書いたことが、「ガッツポーズ」の起源だと言われています。
今では、いろいろな場面で、ガッツポーズが見られます。しかも、そのポーズには、バリエーションが多く見られるようになって来ています。
例えば、野球で、ピッチャーが強打者を三振に切ってとったときなどに、グッと、拳を固めて、自分を鼓舞するかのように、力を込めるポーズなどもガッツポーズというようになっています。スポーツ競技だけではなく、コンピュータゲームで勝利したときなども、自然にガッツポーズが見られるようになっています。
恐らく、こういった仕草というのは、ガッツ石松さんが、試合に勝つ前にも、競技の勝者から自然に出ていたものだと思いますが、ガッツさんのその後の活躍と、語呂が良いことから普及した言葉だと思います。
日本では、今年もプロ野球が開幕し、ペナントレースがスタートしました。6月には、サッカーのワールドカップドイツ大会も開幕します。今年はどんな選手のガッツポーズが見られるのでしょうか。

動物園5

皆さんは、動物園に出かけられますか? 小さなお子さんが家族にいらっしゃる方や、動物好きの方は、良く行かれるかも知れませんが、なかなか、忙しくてそれどころではないという方が多いのではないでしょうか。ストレスの溜まった現代社会を生き抜くビジネスマンの方も、アニマテラピーということで、動物園にお出かけになられてはと思います。 3月20日は、上野動物園の開園記念日です。上野動物園は、1882(明治15)年に、日本初の近代動物園として、上野公園のなかに開園した動物園で、中国から贈られたジャイアントパンダがいることで有名ですね。上野動物園までは、浦安からもそんなに遠くありません。 でも、手軽に動物触れ合える場所が市内にないかという方には、美浜にある交通公園をお勧めします。交通公園は、小さなお子さんに、遊びながら交通マナーとルールを身につけてもらうための施設ですが、一部に、ポニーやヤギ、サルやモルモットなどの動物たちがいます。勿論、直接動物たちに触れ合うこともできます。 段々春めいて来た今日この頃、休みの日に家族で、出かけてみては如何でしょう。

5

今では、俳句や短歌の世界で花といえば、「桜」ということになりますが、そうなったのは、平安時代以降のことで、それ以前は、花と言えば、「梅」の花のことでした。
梅は、別名を「春告草」と言われています。長く寒い冬が、どうにか過ぎて、ようやく春の気配が感じられる頃に、咲き出すのが梅の花です。
万葉の時代には、よく梅の花が歌に詠まれています。梅の花の香りに誘われてか、この頃になると、どこからか鶯がやって来て梅の枝にとまっては、「ホ〜、ホケキョ」と囀ります。
やがて、梅の花が終わり、桜の花が咲く頃に、本格的な春の訪れを迎えるのですが、この頃、悩みの種は、花粉症。実は2月20日は「アレルギーの日」。日本アレルギー協会というところが1995(平成7)年に制定したものです。これは、1966(昭和41)年に、免疫学者の石松公成・照子夫妻が、ブタクサの花粉症研究から、アレルギーを起こす原因になる免疫グロブリンE抗体(lgE抗体)を発見したことを発表したことに因んで制定されたものです。
春の1日、のんびりと花を見ながら過ごすのも良いのですが、そろそろ、花粉症対策の準備を始めなければならない人も多いのではないでしょうか。

年賀状5

元旦に、家族で新年の挨拶を交わし、お節料理に舌鼓を打って、お雑煮を食べ終わった後、家のポストを見てみると、そこには沢山の年賀状が入っています。
遠くの友達や親戚、恩師やお世話になった人などに、年賀状を送る習慣は、今でも 、広く行われています。
元々年賀とは、親戚や知人、上司などを訪ねて、新年の挨拶を述べることだったの ですが、現在では、年賀状でその代りをするようになってきています。
本来、年賀状は、新年になってから、前年にお世話になった方や友人知人などに、 新年の新たな気持ちを込めて書くものだと思うのですが、現実には、1月1日に届くよ うに、12月のうちに書いて送ることが普通です。
年賀状は、文字だけの挨拶状ではなく、芋版といって、サツマイモを刳り抜いて版 を作り、それでスタンプのように押して挨拶状に添えたり、木版を彫って本格的に版 画の作品を仕上げるという方もいらっしゃいます。挨拶文や宛名書きも筆を振るって 綺麗に仕上げられた賀状を見ると、その人の顔が偲ばれます。
しかし、最近は、年賀状にもITブームが押し寄せ、パソコンの年賀状作成ソフトが 重宝がられています。絵柄や挨拶文例まで付いていて、それを適当にアレンジすれば 、きれいな年賀状が出来上がります。
宛名にしても、毛筆フォントが当たり前になっているので、腕に自信のない人でも簡 単にきれいに仕上げることができるようになりました。1年に1度ぐらい直筆の手紙を 親しい人に送るという習慣を大切にしたい気もしますが、今では、1年に1度、親しい 人の住所を確認することが、年賀状作成で唯一することになってしまっています。

忘年会より望年会5

日本では、師走の声を聞くと、今年1年を振り返るとともに、その労を労い、この1年間にあった嫌なことを忘れて来るべき新しい年を迎えるために、よく忘年会を行います。
職場で、友達同士で、構成するメンバーが違う忘年会に一人で何回も参加する兵も沢山います。不思議なもので、この時期になると、普段全然行き来のない間柄の古い友人とも、1年に1回だけの会合に忙しいスケジュールを縫って会い、旧交を温めるということも屡あります。こういう習慣は、日本のサラリーマン社会の産物なのかもしれません。
多くは、寒いこの時期ですから、暖かい鍋を囲んでの語らいということになりますが、当然お酒も入るわけで、中には羽目を外し過ぎて、大虎に変身するという御仁も出てきます。道行く人に顰蹙を買わない程度に楽しみたいものです。
そこで、友人の一人が言い出した言葉を思い出します。「忘年会というと、その年の悪いことを払拭するために年を忘れるということになるのでイメージがよくない。いっそのこと、忘年会ではなく、新しい年を希望を持って迎えるために“望年会”としたらどうか」なかなか含蓄があって好きな言葉です。これからは、忘年会ではなく望年会でいきたいですね。
皆さんにとって、新しい年が希望に満ち溢れた年であることをお祈り申し上げます。

落ち葉焚き5

♪垣根の 垣根の 曲がり角
 焚き火だ 焚き火だ 落ち葉焚き
 あたろうか あたろうよ
 北風 ピープー 吹いている♪
焚き火という歌です。日本では、幼稚園や小学校で皆が習う歌で、非常にポピュラーな楽曲です。
秋も深まって、木々の葉が落ち、その落ち葉を集めて、火を付けて燃やすのが焚き火です。その中に、サツマイモを焼て焼きイモにして食べると、熱いんですが、甘くてこってりとしたサツマイモの味が口いっぱいに広がります。
木枯らしに身を震わせて焚き火に翳した手も何時かジンワリと暖かくなり、体の内と外がポカポカニなったことを思い出します。
秋から冬にかけての日本の風物詩として、かつては、そこかしこで見られた焚き火も、今では住宅事情や環境問題などもあって、その光景を見ることは珍しいことになってしまいました。昔は、冬支度の一つとして、枯れ落ち葉を集めて焚き火をするという行為は、季節の移り変わりを知る情景の一つだったんですが、見られなくなってしまったのは、一寸寂しい気がしますね。
焚き火に関する叙述は、古くは、平家物語にも出てくるようで、古人の世界でも、焚き火に風情を見るのは、変わらなかったのかもしれません。

鉄道の日3

1872年(明治5年)9月12日(新暦10月14日)に、新橋駅(後の汐留貨物駅で現在は廃止されています)と横浜駅(現在のJR根岸線桜木町駅)の間を結んだ日本で始めての鉄道が開業されました。
この日を記念して1922年(大正11年)に10月14日が「鉄道記念日」に制定され、後に、1994年(平成6年)に、運輸省(現国土交通省)によって、「鉄道の日」と改称されました。
日本の鉄道というと、時間に正確で、分・秒単位の正確さを自負した運行が行われています。どんな田舎のローカル線であっても、非常に正確な運行が行われています。鉄道がダイヤどおりに運行されることが当たり前になっている日本人が、外国を旅行したときに、鉄道の遅れなどを疎むようなエピソードはよく聞かれます。この辺が、国民性なのでしょうか。
ダイヤどおりの運行を求めるあまり、今年4月にJR西日本の福知山線で発生した大きな鉄道事故は、記憶に新しいところです。この事故では、多くの尊い命が奪われ、多数の方が怪我にあいました。人命よりもダイヤどおりの正確な運行が尊ばれるというのは、あってはならないことですが、鉄道の正確な運行は、鉄道に携わる方々の絶え間ない努力の賜物だということをここでもう一度考えてみても良いかもしれません。

茄子3

「秋茄子は嫁に食わすな」とは、よくこの時期に聞く言葉です。
これは、お嫁さんには、美味しい茄子を食べさせるのは、もったいないという意味が一般的。ほかに、秋茄子は体を冷やすから、大切なお嫁さんには、食べさせるなという説や、秋茄子は種が少ないので、子種ができなくなるから食べさせるなという説もあるそうです。
茄子は、インドが原産で、日本には、奈良時代に中国から伝わったと言われています。世界中で食べられていて、どの国の料理にも良く合いますが、今回は、冒頭の秋茄子ではありませんが、至ってシンプルな和風の食べ方をご紹介します。
それは、焼き茄子です。茄子は、へたを取り、針打ち(針や串などで、皮の表面を細かく刺しておきます)をしておきます。炭火で焼くのが一番ですが、ガスレンジに網を敷き、網の上で転がしながら、弱火で茄子を焼きます。竹串を挿して通れば、焼けた証拠です。皮を剥いて、縦割りに4分割〜6分割程度に切ります。鰹節をたっぷりかけて、その上に生姜と、お好みで葱を載せ、醤油をかけて出来上がりです。
冷たく冷やしたビール、あるいは冷酒にも合います。秋とはいえ、まだまだ暑い日が続きます。今夜は焼き茄子で火照った体をクールダウンしてみましょう。

道の日

8月10日は、道の日です。これは、1986年に建設省(現在の国土交通省)道路局が、道路の意義や、その重要性に対する関心を高めてもらうために制定したものです。
日本の道というと、古くは、江戸時代の東海道・中仙道・甲州街道・奥州街道・日光街道の所謂五街道が思い浮かびますが、これは、江戸(東京)と各地を結ぶ五つの陸上交通路のことで、徳川家康が全国支配のために江戸と各地を結ぶ街道を整備し始め、四代将軍家綱の代になって基幹街道に定められたものです。
当時、陸路の交通手段として馬や籠を利用することもありましたが、庶民の足は、文字どおり徒歩。江戸から大阪に行くのにも、延々と東海道を歩いて行くのが普通でした。そうした状況から道路を整備することは、近代日本への脱皮になくてはならないものだったのでしょう。8月10日を道の日に制定した理由が1920年8月10日に、日本初の近代的な道路整備計画「第一次道路改良計画」がスタートしたことからだということにもその辺りのことが伺えそうです。
同時に、8月は「道路ふれあい月間」とされています。この時期、車でお出かけになることも多いと思いますが、日本各地で道路に関するPR活動が行われています。この機会に、普段意識しないで使っている道路について見直してみるのも良いかもしれません。

サラダ記念日

「この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日」という短歌で一世を風靡した歌人の俵万智さんが1987(昭和62)年に出した歌集『サラダ記念日』(河出書房新社)。この歌集がきっかけで、当時、短歌がブームになりました。
この一首をきっかけに、7月6日をサラダ記念日に指定して、サラダのドレッシングのメーカーなどが、商品の販売促進の一環でPRを行ったりしています。
この記念日の位置付けはどうであれ、夏になって、さっぱりとしたサラダが欲しくなる時期です。好みのドレッシングで新鮮な生野菜を食べられるサラダは、日本でも、今では1年を通して食べられる大変ポピュラーな料理になっています。
最近では、和食のなかでも取り上げられるサラダ。その一つに、サラダうどんというメニューがあります。茹でたうどんをさっと冷水に晒し、丼に移してからその上にレタスやトマトなどの野菜を載せます。細く切ったハムや林檎、それに、ゆで卵を付け合せ、胡麻だれドレッシングを蕎麦汁で割ったものをかけて食べます。食欲が減退中の方には、お薦めの一品です。

天王山

非常に大切なここ一番の勝負どころをよく、天王山といいますが、これは、戦国時代に、歴史の流れを決定付けた重大な戦いが京都山崎の天王山で行われたことから言われているものです。 天正10年(1582年)6月2日、織田信長の重臣明智光秀が謀反を起こし、京都の本能寺で主人信長を討つ事件が起こりました。本能寺の変といわれる出来事です。本能寺の変の翌日に主君信長が打たれたことを知った羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)は、岡山で戦っていた毛利軍と和議を結び、そのまま京都へ取って返しました。 途中で「光秀討伐」のために集まった4万の軍勢を率いて秀吉は京都山崎に入りました。この秀吉の素早い行動に、光秀軍はなす術も敗退し、その夜、光秀は逃走中に賞金目当ての野党に討ち取られます。信長を討ち天下を手に入れてから、11日後の事でした。いわゆる三日天下と言われる所以です。 この山崎の戦の後、秀吉は、信長の後を継いで、悲願の天下統一を果たします。 今年は、千葉県で全国高等学校総合体育大会(インターハイ)が行われます。全国各地の高校生が、文字通り天王山の戦いを迎えています。8月には、県内各地で全国大会が繰り広げられ、市内では空手道大会が行われます。この夏は、高校生たちの活躍を見に、総合体育館に出かけてみてはどうでしょう。

アイスクリームの日

子どものころ、両親と一緒にデパートに買い物に行った帰り、デパートの食堂でウェハース付きのバニラアイスクリームを注文して食べさせてもらうのが楽しみでした。
普段は、駄菓子屋さんで買えるホームランバーやアイスキャンディーしか食べられませんでしたので、すごく贅沢をしているようで、気分が良かったことを記憶しています。今から40数年前の話です。
今では、日本でもアイスクリームは季節を問わず、何処でも誰でも食べられるようになりましたが、日本で初めてアイスクリームが製造販売されたころは、非常に高価なものだったようです。社団法人日本アイスクリーム協会によると、町田房蔵という人が、明治2年、横浜馬車道通りで氷と塩とを用いて、日本で最初のアイスクリーム「あいすくりん」の製造販売を始めたとされています。一人前の値段は金2分で、当時の大工さんの日当と同じだったとか。
この日本で初めてアイスクリームが製造販売された5月9日を同協会が、「アイスクリームの日」に定めました。
これから夏にかけて、アイスクリームが恋しくなりますが、アイスクリームにまつわるこんな話を思い出して食べてみると、また少し違った味わいになるかもしれません。

春眠暁を覚えず

春の訪れとともに、何となく、眠気が晴れない日が続くような気がします。西暦689〜740年の唐(現在の中国)に孟浩然(もうこうねん)という詩人の詩「春暁」(しゅんぎょう)に、「春眠暁を覚えず」というくだりがあります。「春のねむりは心地よく、夜の明けるのもわからぬまま寝過ごしてしまった」という意味です。
桜の花も咲き終わり、気候は、本格的に春が訪れた感があります。日中は汗ばむぐらいなのですが、夜になると、適当に涼しくなるので、眠るにはうってつけの季節です。そこで、つい朝寝坊になってしまうという方も多いのではないでしょうか。この時期、朝ばかりではなく、お昼を食べた後にも、睡魔が襲ってきて、午後の活動に支障が出るようなこともあるかもしれません。
そこで、眠気覚ましを考えるわけですが、お薦めの方法が、軽い運動。オフィスの椅子に座ったままで、首を回したり、瞼の上を軽く押したりといった少しの運動で、気分転換にもなり、眠気も薄れます。
もっとも今年は、大量のスギ花粉が飛び交っていますので、花粉症のお陰で春とはいえども睡眠不足に陥っている方も多いことともいます。花粉症でお悩みの方、もう暫くの辛抱です。

沈丁花

今年の春は、昨夏の晴天続きが原因で、飛散するスギ花粉の量が、昨年の30倍ともいわれています。花粉症の方には、とても辛い春ですが、この時期、春の匂いを運んでくれる沈丁花(ジンチョウゲ)の花がまちの至る所で、咲き始めます。
沈丁花は中国が原産で、室町時代に日本に運ばれたといわれています。枝や葉が全体に丸く茂るのが特徴です。花色は、淡い紅色や白色などがあります。
花の美しさもさることながら、それにも増して沈丁花の特徴といえば、何といってもその香りです。中国では、遠く離れて(七里離れて)いても匂うということから、「七里香」という別名もあるそうです。香りは沈香(じんこう)という香りに似ていて、葉の形が丁字(ちょうじ)という植物に似ているところから沈丁花という名前が付けられたのだそうです。
花粉症の人でさえ、マスク越しに沈丁花の花の香りが嗅げるほど、豊かな匂いに包まれます。春分に向け、さらに日が長くなり、それとともに気温が上昇してきます。夕方、仕事から帰る垣根越しに、沈丁花の花とその香りがまちに満ちると、次々に春の花が芽吹き始めます。今年も春の幕開けです。

春の足音

日本には、1年の季節を植物になぞらえた花札というカードゲームがあります。それによると、1月の松に続いて、2月の花は梅です。
2月といえば、東風解凍(とうふうこおりをとく:春風(東風)が吹き、氷を解かし始める)、蟄虫始振(ちつちゅうはじめてふるう:冬眠していた虫が土のなかで動き始める)魚上氷(うおこおりをのぼる:割れた氷の間から魚が飛び出る)などの言葉があるように、自然界も春に向け、ゆっくりと胎動する時期です。この時期、立春を迎え、まちなかの梅の木も新芽が沢山付いています。やがて、穏やかな風におやっと思う日がやってきて、鶯が鳴き始めます。日本には、こうした四季を味わう自然の美しい風物やその趣を楽しむ花鳥風月という言葉があります。
最近、地球的規模で異常気象が報告されていますが、昨年は、記録的な猛暑や台風の上陸、それに加えて昨今の暖冬など、日本でも四季のサイクルを揺るがすような異常な状態が続いています。
美しい自然との触れ合いを大切にする意味でも、地球温暖化を始めとした環境保全について、もう一度見つめ直さなければならないのではないでしょうか。

箱根駅伝

1月の2日・3日に行われる東京箱根間往復大学駅伝競走は、今では、「箱根駅伝」と呼ばれ、正月の恒例イベントとして定着しています。今年も、東京大手町の読売新聞社本社前から神奈川県の箱根芦ノ湖までの往復約220kmを往路・復路それぞれ5つの区間にけ、19の大学がその健脚を競います。 1920年2月14日に第1回大会が行われ、途中、第二次世界大戦中に一時中断されましたが、1947年に復活し、今年で81回目になります。 「駅伝」は、日本で生まれた競技で、既に80年を超える歴史があり、最近では、世界大会も行われるなど、国際的にも知られるようになっています。元々「駅伝」は、昔の中央政府と地方との連絡手段として使われていた「駅伝制」に由来しているといわれています。情報を地方から中央に、あるいは中央から地方に伝えたシステム、この情報の変わりに、襷(たすき)をそれぞれの区間を走るランナーが伝え走る競技が、駅伝競走です。 取り分け、正月行われる箱根駅伝は、箱根の山を上る5区と降りる6区の難所をはじめ、天候などの過酷な自然現象と対峙しながら走らなければならないので、毎年シナリオに書けないドラマが待ち受けています。 お正月休みのひと時、そんな筋書きのないドラマに、熱くなるのも良いかも知れません。

東の鮭西の鰤

最近では、日本の伝統文化も、継承する人が減ってきたことも手伝い、特に都会では、日本固有の慣わしに従った季節の風物詩も少なくなってきました。  しかし、この時期は、新しい年を迎えるために、年末特有の風習が今でも比較的多く残っています。身近なところでは、新しい年 を新鮮な気持ちで迎えるための大掃除。それに、食べ物の準備も怠りません。お雑煮のためのお持ちなどがその代表的なものですが、年末には、お正月に珍重される魚として、鮭や鰤の準備も欠かせません。  鮭や鰤がお正月に珍重されたのは、ともに正月前に獲れ、腹が大きく塩詰めにして、保存しやすかったからです。地方によって、鮭と鰤のどちらを食べるかが違ってきますが、どうもその境界線は新潟県の糸魚川市を流れる姫川を起点とし、富士川に抜けるフォッサマグナ(中央構造線)とほぼ一致し、大きく「東日本の鮭、西日本の鰤」に分かれるのだそうです。  なかでも興味深いのは、鮭と鰤の接点に位置する長野県では、千曲川流域の東信、北信地方は東日本の鮭を、天竜川流域の南信、木曾川・犀川・姫川流域の中信は西日本の鰤を食べているそうです。  鮭も鰤も今が一番美味しい時期。日本の伝統に習って、この二種類の魚を試してみるのもいいかもしれません。

文化の日

11月3日は、「文化の日」(National Culture Day)で、日本の祝日の一つです。「文化の日」は、1948年に制定された祝日法で「自由と平和を愛し、文化をすすめる」という趣旨で、国民の祝日に定められたものです。これは、1946年に公布された日本国憲法で、平和と文化を尊重されていたことを受け、それを記念して制定されたものです。
この「文化の日」に因んで、11月3日がいくつかの記念日になっています。
まず、日本レコード協会(RIAJ)が1957年に制定した「レコードの日」。これは、「レコードは文化財」ということから、文化の日を記念日にしたものだそうです。また、この日を含む11月1日から14日までの2週間をレコード週間としています。
つぎに、東京都文具事務用品商業組合などが1987年に制定した「文具の日」。これは、「文具と文化は歴史的に同じ意味」ということで文化の日を記念日にしたようです。
最後に、一寸変わったところでは、日本漫画家協会と出版社5社が2002に制定した「まんがの日」。制定の理由は、「漫画を文化として認知してもらいたい」ということだそうです。
これは、全てこじつけとも取れなくはないですが、11月3日は、「文化」ということを考えるには、絶好の機会ではないでしょうか。文化は、人それぞれの感じ方で違ってきますし、家族、地域で、文化が育まれます。そしてそれは、国全体の文化となり、その国ごとに文化は多様に育まれています。それぞれの文化を尊重することが、互いを理解し合う始まりです。昨今の国際情勢を考える上でも大変重要なことの一つになっているのではないでしょうか。

松茸

食いしん坊にとっては、この上のない季節“食欲の秋”の到来です。数ある食材のなかでも、秋の味覚の代表として、日本人にとりわけ珍重されるきのこが松茸です。松茸は、アカマツなどの針葉樹林の木の根元に生えます。「におい松茸、味しめじ」といわれるように、非常に豊かな香りとシャキシャキとした食感が得も言われぬ味わいです。
松茸は、環境や気候の影響を受けやすく、開発や森林の伐採などで、収穫が難しくなってきたことや、人工栽培も困難なことなどから、とても高価なものになってしまいました。最近は、韓国や中国、そしてカナダなどからの輸入ものが出回り、国産ものに比べて比較的安価で買えますが、味・香り共に国産ものには勝てないようです。
松茸は、無機質とビタミンが豊富で腫瘍抑制物質が多く含まれていると言われています。また、熱量が少なく、味も美味しいので、肥満の人にはお勧めです。しかも、血中のコレステロール数値を下げて血液循環を助けるので、動脈硬化、心臓病、糖尿病、高脂血症などの成人病にも効能があります。
香りと歯ごたえを楽しむには、そのまま炭火で焼き、レモンと醤油を振り掛けて食べたり、海老や銀杏と一緒に食べる土瓶蒸しなどが定番。そのほか、松茸ごはん、天ぷら、など。食べ方はいろいろです。成分の約 90%が水分ですが、栄養価やうま味が凝縮されている上に低カロリーの食材ですから、旬のこの時期に存分に味わいたいものですね。

防災の日

日本は、地震大国と呼ばれています。大地震というと、1995年に発生した阪神・淡路大震災が、記憶に新しいところですが、過去に遡ると、1923年(大正12年)に発生した関東大震災は、死者・行方不明者約14万2,800人という未曾有の被害をもたらしました。
関東大震災は、1923年9月1日の午前11時58分に伊豆大島、相模湾を震源として発生した直下型の大地震で、東京・神奈川・千葉・静岡の各都県を中心に、関東地方の広い範囲に大きな被害がでました。
地震の発生時刻が昼食の時間帯だったことから、火災が多発しました。しかも、能登半島付近にあった台風の影響で、関東地方で強風が吹き、火災は地震発生時の強風に煽られ、火災旋風を引き起こしながら広まり、鎮火したのは2日後の9月3日午前10時頃といわれています。
190万人が被災したこの地震では、建物の全壊が12万8,000棟、全焼が44万7,000棟にも及びます。亡くなった方は、建物倒壊などの圧死があるものの、火災による死傷者が多くを占めています。
また、津波の被害は太平洋沿岸の相模湾沿岸部と房総半島沿岸部で発生し、高さ10m以上の津波が記録されています。山崩れや崖崩れ、それに伴なう土石流による家屋の流失・埋没の被害も発生し、当時の日本経済に甚大な打撃を与えました。
9月には台風なども多いことから、1960年に、関東大震災のあった9月1日が「防災の日」に定められました。皆さんもこの機会に、地震に対する備えなど、万一のために家庭で話し合われては如何でしょう。
関東大震災 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

西瓜

今年も、暑い夏が続いています。日本の夏の代表的な果物といえば、西瓜でしょう。西瓜の原産地は、アフリカだといわれています。日本へは、17世紀中ごろに隠元禅師が中国から持ち帰ったといわれています。中国では水分が多く、夏出回ることから「水瓜」、「夏瓜」ともいわれますが、西域から伝わったため、「西瓜」と呼ばれるようになったということです。
日本で本格的に栽培されるようになったのは、大正時代になってからです。成分は90%以上が水分で、果汁には、利尿作用があるカリウムやシトルリンが含まれています。むくみや腎臓に効き、高血圧、解熱作用、心臓病、尿路結石、二日酔いなどに効能があるといわれています。また、種には、リノール酸やタンパク質が多く、ビタミンB群やEが豊富に含まれています。干したものが解熱、便秘にいいとか。また、果糖やブドウ糖はエネルギー転換が速やかなので、暑い夏には、疲れた体を癒す働きがあります。
あまり、西瓜が好きではないという向きには、「すいか酒シャーベット」はいかがでしょう。熟れたすいかの種を取り、スプーンで実をくりぬき、それをジューサーにかけます。浅めの容器に酒とすいか果汁を1対1になるように入れ、冷凍庫で凍らせます。あまり冷やすと硬くなりすぎるので、一晩ぐらい凍らせたものが食べごろだそうです。暑い夏の1日の終わりに、ビールの変わりに如何でしょう。

七夕

7月7日は、七夕です。七夕というと、子どものころ、牽牛(けんぎゅう:わし座のアルタイル)と織女(しょくじょ:こと座のベガ)の次のような悲しい恋物語を聞かされました。
牽牛と織女の二人は愛し合うあまり一時も離れることなく、仕事がおろそかになってしまいました。やがて、二人の仲はさかれ、天の川の右岸と左岸とに離されてしまい、二人はなげき悲しみました。
可哀想に思った天帝は二人が一年に一度だけ会うことを許します。その日が7月7日です。天の川にかささぎが翼を広げた橋がかかります。二人はその橋を渡って一年にたった一度だけ、会うことが叶えられるのです。
七夕行事は、この二人にあやかって、笹に願い事を書いた短冊をつるし、星に願いをかける慣わしですが、日本の七夕行事は、中国から伝来した、このお話と、棚機つ女(たなばたつめ)の信仰が結びついて、できたものだといわれています。
全国各地で七夕行事は現在も盛んに行われていますが、特に、東北地方はこの行事が盛んで、仙台の七夕祭り、青森のねぶた、秋田の竿燈は大掛かりな行事が有名です。
今年の七夕の天気が気になるところですが、夜空の星に願いを馳せるのも良いのではないでしょうか。

日本は、季節の移り変わりに、よく雨が降ります。本格的な夏の季節を迎える前の6月は、梅雨の季節です。この季節は高温多湿で、カビの生育にはもってこいの条件がそろいます。
カビには、さまざまな種類があります。なかには、ペニシリンを生産するアオカビや、味噌や醤油の醸造になくてはならないコウジカビなど、人間の役に立つような有効利用のできるものもありますが、アレルギーや喘息の原因になるものや、肝臓癌や肝硬変、腎臓癌などを引き起こす毒を発生する恐ろしいカビも存在します。
カビは、食品はもちろんのこと、木材や畳、布、皮革、ガラス面、タイル面、コンクリート面など一般家庭のほとんどのものを栄養源にして生育できます。この栄養源に、ほんの少しの水分と適当な温度、そして酸素があれば、カビは、繁殖します。
この栄養、温度、水分、酸素の4つの条件のどれか一つでも抑えればカビの発生をかなり防ぐことができます。最も現実的で可能な予防法は、湿度の管理です。50%程度の湿度を保ことが最良の方法のようです。高温多湿になるのを防ぎ、結露の発生やカビの栄養源になるホコリや汚れを防ぐことで、カビとは無縁の快適な梅雨の季節を過ごしたいものですね。

八十八夜

現在のように、科学的に天気が予測できなかった昔は、立春から数えて八十八夜、二百十日といった日数を農作業の重要な目安として経験的に使っていました。八十八夜ころから、日本各地で田植えが行われます。
そして、有名なのが、歌にもなっている茶摘み。この日に摘んだお茶は上等で、この日にお茶を飲むと長生きするとも言われています。
お茶には、紅茶、ウーロン茶、プーアル茶、緑茶などがありますが、お茶の葉は、もともと同じツバキ科の「チャ」の木からとれるものです。その製法の違いで、発酵熟成させた発酵茶(紅茶)、発酵を途中で止めた半発酵茶(ウーロン茶)、特殊な微生物で発酵させた後発酵茶(プーアル茶)、摘んですぐ蒸して作った不発酵茶(緑茶)に分かれます。
それぞれのお茶には、含まれる成分によって、さまざまな効用がありますが、鎌倉時代の禅僧明恵上人が、座禅修行の際のやすらぎと健康のために、抹茶の効用を説いたといわれているように、茶を一服すると、安堵の気持ち、爽快感が生まれます。
お茶には、それに含まれる成分の効用以外に心の静寂さや精神のゆとりを与えてくれる効果があるようです。

春は、さまざまなものの息吹を感じる季節。
草花の芽吹きの便りもそこかしこから聞こえてきます。なかでも、この時期、1日で1メートルも成長するといわれる筍は、旬の食材としても人気があります。
筍は、新鮮なうちに刺身で食べたり、味噌汁の具にすると香りもよく、大変美味しいものです。そのほか、土佐煮、筍ご飯、木の芽あえなどが代表的な食べ方ですが、意外にイタリア風に料理しても美味しいようです。例えば、オリーブオイルにニンニクを入れ、香りが出てきたところで、唐辛子を加え、下茹でし、薄切りにした筍と、菜の花を加え、さっと火を通します。味付けは塩だけで十分。筍と菜の花のペペロンチーノ。ワインやビールなど、お酒にもよくあいます。
筍には、チロシンというアミノ酸が多く含まれていて、脳の働きを活発にし、やる気を起こさせてくれます。また、食物繊維も豊富に含んでいるので、余分なコレステロール・脂肪・糖分などを排出し、身体の大掃除をしてくれます。
しかも、カリウムも多く含んでいるので、尿と一緒に塩分を排出し、高血圧の予防にも働きます。
こんな、身体にもよい筍。春のめぐみをみなさんも楽しんでみてはいかがですか。

蕗のとう

雪国の山菜は、美味いといわれます。それは、春が短く山菜が一気に伸びることで、柔らかく、香りが豊かになるからです。早春の山菜、蕗のとうはその代表です。
蕗は、キク科の多年草で、日本では広く山野に自生します。蕗のとうは、早春その地下茎から芽吹く花穂です。つぼみが開かないうちに天ぷらにして食べるのが一番美味しいと思います。食感は、ふかふかしていて、独特の香りとわずかなほろ苦さがあります。この香りと苦さが苦手だという方もいるようですが、一度好きになると、虜になってしまう大人の味です。
蕗のとうは、天ぷらのほかに、お浸しやお吸い物など、いろいろな食べ方がありますが、春一番を告げる味わいで、これから始まる山菜の季節のまさにプレリュード。とりわけ雪国の人にとっては、雪の消え際から生えてくる春を告げる最初の使者。
そのほろ苦さと歯触りが春を想う心を満たしてくれるかけがえのないもののようです。
そんな春を食しに、一寸遠出をしてみませんか。

節分

節分は、もともと立春、立夏、立秋、立冬の前日を指し、四季の変わり目を指していましたが、いつしか立春の前日だけを指すようになりました。
日本では、節分の日に豆まきをする風習が残っています。節分の豆まきでは年男(その年のえとの生まれの男性。今年は申年の男性です)あるいは一家の主人が「鬼は外」といいながら玄関から外に2度まき、次に「福は内」と2度いいながら家の中にまきます。その後に自分の年齢、または年齢より一つ多く豆をたべます。そして今年一年間無病息災でいられるように祈ります。
また、妊婦のいる家庭ではこの豆を安産のお守りにするところもあります。
この風習は、もともと宮中の行事が一般家庭に普及したものとされていますが、最近は大きな神社などで芸能人やスポーツ選手などを招いて豆まき大会を行っているケースも多いようです。
ところで、自分の年齢の豆なんて食べれないという方もいますよね。いい方法があります。茶碗に豆を入れて熱いお茶をそそいで飲む「福茶」という方法です。これは、豆を食べたのと同じ効果があるそうです。
食べ切れない方は、この方法を試してみてはどうでしょう。

鍋に「薬味」ご飯に「加薬」

この季節、ふぐちり、牡蛎なべ、アンコウなべ、おでん、しゃぶしゃぶ、水炊きなど、鍋の美味しい季節です。こうした鍋料理に欠かせない脇役が、きざみネギ、大根おろし、トウガラシ、ショウガ、カラシ、サンショウなどの、「薬味」です。
「薬味」は、もともと漢方薬の材料にする生薬の味のことをいいます。漢方医学が生まれた古代中国では、世界は「木・火・土・金・水」の五つの要素から成り立っていると考え、すべてをこの五つの要素と関係づけて説明しようとする「陰陽五行説」という考え方があります。
食べ物や薬の味もこの考え方に基づき、「酸っぱい、苦い、甘い、辛い、塩からい」の五つに分け、さらに、それぞれの味は、人体の特定のはたらきと関係すると考えられました。
例えば、酸っぱい味は木の性質をもつ「肝、胆」に、苦い味は火の性質をもつ「心、小腸」に、甘い味は土の性質をもつ「脾、胃」に、辛い味は金の性質をもつ「肺、大腸」に、塩辛い味は水の性質をもつ「腎、膀胱」に、それぞれ関係するとされています。
このように、「薬味」は、その生薬が体のどこに、どんなふうに効くのか、という大事な性質を表現しているわけです。
昔は、うどんや料理に、食あたり防止などのために大根やショウガを後から加えることを「加薬味」といい、そこから「加」が取れて薬味になったというのが、料理の薬味のルーツのようです。
因みに、「加薬味」から「味」がとれると「加薬」となり、今でも特に関西でポピュラーな、「かやくうどん」や「かやくごはん」として使われています。
冬、寒くて風邪をひきそうな夜に、薬味を添えた鍋料理を食べるということは、漢方医学の理論からも、ぴったりというわけです。
今日あたり、温めた「百薬の長」も添えて、温かい鍋を囲んでみませんか。

お正月

あけましておめでとうございます。
年が明け、新しい年がスタートしました。
日本では、お正月を祝う行事が各地で行われています。
お正月は、前年の農耕の無事と豊作を先祖の霊と氏神さまに感謝して、新しい年の豊饒を祈願するお祭りです。
今では、初詣など、一部は残っているものの、宗教的な臭いは、あまり感じませんし、子どもたちにとっては「お年玉」をもらえるうれしい季節という認識しかないかもしれません。
この「お年玉」は、本来、魂のシンボルである餅を先祖の霊にお供えし、そのおさがりをみんなで食べたことを「年玉」といったことから由来しているといわれています。今では、子どもたちに都合の良いように変化してしまったわけです。
変化といえば、歳の市で縁起物として、小判や福俵、宝船がぶらさがった飾り物が正月飾りとして売られていますが、あれも、つきたての柔らかな餅を小さく切って、榎(エノキ)や柳(ヤナギ)の木の枝に、花のように付けた餅花、マユダマなどが変化したものなのだそうです。
日本のお正月の伝統的な飾り物として、松飾り、しめなわがありますが、これらの飾り物も人工的なものが増え、だんだん味気なくなってきました。
また、お正月の花として、名前が目出度いことから、センリョウやマンリョウの木の花が使われますが、マンリョウはヤブコウジ科の木で、「非常に丈夫で、春は若葉を生じ、夏は花咲き、秋は実を結び、冬は赤き色をそえて、露をしのぐめでたい木」と、有名な落語の「寿限無(じゅげむ)」のなかで解説されています。
子どもが、なるべく長生きしそうな名を考えて付けた長〜い名前。「寿限無、寿限無、五劫のすり切り、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝る所に住む所、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポ、パイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助」まるで呪文のようですが、どれも縁起のよい言葉で綴られた名前なのだそうです。

冬至

冬至は、太陽が赤道から南へ最も離れる日で、北半球では太陽の高さが一年中で最も低く、昼の時間が一番短くなります。この日を境に日照時間が長くなっていきます。そのため、古来中国では「一陽来復」の日といわれる大切な節日だったそうです。この日を太陽の誕生日と考えている民族もあるということです。
日本では、冬至の日にゆず湯に入ると、向こう一年は無病息災で暮らせるという今でも広く知られる風習があります。ゆずに含まれるビタミンCは風邪の予防と肌のトラブルを防ぐ効果があり、ゆず湯は、美肌・疲労回復・かぜの予防・腰痛・肩こり・神経痛・冷え症に効くのだそうです。
また、冬至は1年で最後の節気なので、いろはの最後の「ん」のつく食べ物を食べると厄払いになるとか、幸運を招くという言い伝えがあります。「れんこん」「こんにゃく」「なんきん(かぼちゃ)」「にんじん」など…。
冬至にかぼちゃを食べるというのは、これまた、よく知られた風習ですが、これからの寒さに備えてカロチンやビタミンを摂るという、昔の人の生活の知恵だったのかもしれません。

チーズ

チーズはヨーロッパの食べ物というイメージがありますが、もともとは、アジアで生まれたものだといわれています。日本にも仏教の経典とともにその製法が伝えられました。仏教の経典『涅槃教(ねはんきょう)』には、牛乳から「酪(らく=練乳のこと)」を取り、酪より「蘇(そ)」を作り、蘇から「醍醐(だいご)」を作ると記されています。「蘇」は、チーズの一種で、それをさらに精練したものを「醍醐」と呼んでいたようです。
西暦700年11月に文武(ぶんぶ)天皇が「蘇」の製造を命じたという記録が残されています。日本では、この出来事にちなみ、毎年11月11日を「チーズの日」としています。
そして、この「蘇」の製法を法律として定めたのが醍醐天皇です。当時、酪農家は蘇を税金の代わりに朝廷に献上していました。つまり、当時のチーズは庶民が食べる物ではなく、天皇や朝廷の重役など、身分の高い人しか食べることができなかったのです。
ところで、蘇よりも高級な「醍醐」の具体的な作り方は現在のところ、わかっていません。しかし味については「乳酪・蘇の中では一番良く、その味わいは心身を楽しませてくれる」と記す書物が発見されています。最高の味覚や趣味のおもしろさを「醍醐味(だいごみ)」といいますが、このことから生まれた言葉なのです。醍醐天皇は、きっと醍醐の味に感動して自分のおくり名を「醍醐」と名付けたのでしょう。

青魚

段々、日が短くなり、上着が恋しい季節になってきました。秋本番を迎え、いろいろな食べ物が店先に出回ります。日本人は、旬の食べ物を珍重してきました。食べ物によって季節を感じるという風流な伝統をもっています。
しかし、今では、温室栽培や養殖、また、冷凍技術の発達で、いろいろなものが季節を問わずに食べられるようになりました。とは言え、その季節の旬の食べ物は、やはり、その季節に食べるのが一番うまいのは事実です。
秋が旬の食べ物といえば、きのこ・さつまいも・栗・柿・ナスなどの野菜と、魚でいえば、イワシにサバ、そしてサンマなどの青魚が思い浮かびます。
この時期は、夏の間に体力を消耗したうえ、朝晩と日中の気温の差が大きくなり、体調を崩しやすい季節でもあります。食欲の秋。おいしい旬の食べ物を食べて、夏の間に消耗した体力を回復しましょう。
青魚が本当においしいのは、一番脂がのるこの時期です。
青魚の脂には不飽和脂肪酸のIPA(イコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)が豊富に含まれています。これらは、血圧を下げたり、血液中のコレステロール値を下げる働きがあるといわれています。今年は、サンマが豊漁だそうです。体のバランスを整え、栄養たっぷりで、しかも脂がのっておいしいサンマを食べて、秋を活動的に過ごしませんか。

野分

立春から数えて210日(今年は9月2日)、220日(9月12日)ころは稲が開花を迎えるころです。農家にとってはこの時期の天候が大変気になるところです。
特に、農業に深刻な被害をもたらす台風には、神経を使わなければなりません。それでも現在では、気象学が発達し、観測技術も高度に発展してきたので、台風の動きは、かなり正確に予測できるようになりました。このため、台風による被害も昔に比べれば遙かに少なくなってきてはいますが、人工衛星や高層の雲のレーダー映像などを活用できなかった昔は、収穫の前に訪れる台風は恐ろしい存在でした。
古くは、野の草を分けて吹きすさぶ風ということから台風のことを野分(のわき)といいました。野分の過ぎた後には、吹き倒された稲や草が風の痕を留めています。因みに、台風という言葉は、明治時代に使われるようになったもののようです。明治の女流歌人与謝野晶子が「台風」という随筆を書いていますが、そのなかに「台風という新語」という記述が出てきます。
現在、このまちには、農家は一軒もありませんが、台風は、農家ばかりではなく、私たちも十分に注意をしなければなりません。台風シーズンの本番を迎え、天気予報に注意しなければなりませんね。

夏バテ

まだまだ続く猛暑。この時期、食欲もなく、冷たいものをとりすぎて、体力がダウン。そして、気力が減退し、何をやっても疲れてしまうという方はいませんか。いわゆる夏バテです。
今年の夏は、電力危機がささやかれ、冷房にも気を使う状況ですよね。疲れた体を休ませて、体力を回復させるには、ぐっすり眠るのが一番です。熱帯夜が続くなか、熟睡には冷房が必要な場合もありますが、体のためには、なるべく冷房なしでの熟睡を考えたいですね。寝室を涼しい場所に移したり、敷き布団に寝ゴザを敷くなどの工夫のほか、涼しい素材のパジャマを着たり、寝る前にシャワーを浴びることも効果的です。
それと、日中の暑いときは、なるべく激しい運動や労働を控え、適度な水分と塩分の補給をします。水分の補給は大切ですが、健康のことを考えると、冷たい水はかえってマイナスに作用する場合があります。ぬるいお湯やお茶を飲むことをお勧めします。
ビタミンや豊富なミネラル分を多く含んだ食事をとることを心がけることも大事です。土用の丑の日には、鰻でも食べて、夏バテを乗り切りましょう。
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